上条恭介の日記帳

○月○日
 ―今日もさやかが見舞いにきた。ここのところ毎日来てくれて色々と世話を焼いてくれる。正直、自分でも出来る程度の事までやりたがるのには閉口する。一日一回「ありがとう」って言わないと気が済まないのだろうか、さやかは。迷惑とまでは言わないが、どうして僕が見舞い客にそこまで気を使わなければならないのだろう。

○月×日
 ―さやかも、親も、皆僕の手の事ばかり気にかける。僕がバイオリンを弾けなくなった事ばかりを気に病んでいるのが見え見えだ。音楽家生命が絶たれる事は僕の人生が絶たれる事を意味していると言うのか?バイオリンバイオリンって、僕にはそれしかないのか?―さやかは今日もCDを持ってきた。前に一回「ありがとう」っていったら以来馬鹿の一つ覚えみたいにCDを持ってくる。一流音楽家じゃない僕は生きている値打ちが無いっていうのか?皆僕の事を心配しているような顔をしているけど、結局「上条恭介」を見てくれている人なんかいない。天才バイオリニストの死を悲しんでいるだけなんだ…。

△月○日
 ―信じられない。医者が見放した僕の左手が今日になって突然完治したなんて。奇跡としか言いようがない。親も皆も大喜びだ。
 …現金なものだ。こんな手いっそ治らない方が良かった。あの事故の時、天才バイオリニストと共に上条恭介も死んでしまえばよかった。

△月×日
 ―あの日以来さやかの態度が妙に恩着せがましい。なんでアイツが僕の手を治したような顔をするんだろう。治したのは医者なのに。まるでさやかがいないと僕は駄目みたいに思い込んでいるのだろうか。昔からアイツは思い込みが強くて独り善がりになりやすかった。良かれと思ってやっているのだろうが、かえって周りが迷惑していてもそれに気付かない。それどころか口にこそ出さないものの内心で相手に恩を着せている。そうして無意識に相手に感謝という見返りを求める様は吐き気すら催させる。きっと今も彼女は僕の「大恩人」でいるんだろうな。

□月△日
 ―今日、仁美とかいう女に突然告白された。正直名前も碌に覚えていなかったのだが、彼女と付き合うことにした。…最近さやかを意識的に避けている。いつから彼女の存在がこんなにも重くのしかかるようになったのだろうか。今のさやかは異常だ。僕という存在に必死でしがみついているような感じさえする。…何かあったのだろうか?
 いずれにせよ煩わしいことこの上ない。

□月○日
 ―さやかの葬式が行われたそうだ。最近見なくなったと思っていたら死んでいたらしい。やはり僕の知らない所で何かが起きていたようだ。ぼくの行動如何でこの結果を変えられたのだろうか?…だけど、本音を言えばホッとしたという気持ちが大きい。さやかという束縛から自由になれて、嬉しい。最近では仁美もお嬢様ぶった態度がはがれてきてようやく僕の



血と思しきもので滲んで続きが読めない