第一章 0.92

その世界には二種類の人間がいた。
普通の人間、そして特殊な能力を持った人間。





今日は休日、郊外のとある大型ショッピングセンターにいた。
「どうしてこんなところに一人で来てしまったんだろ…」
11月を迎え季節はもう冬だ。さすがにマフラーもなしに外出するには厳しいので、マフラーをわざわざ買いに来ていた。
ショッピングセンターには一階から5階の最上階まで続く大きな吹き抜けがあり、4階の吹き抜けに面した自販機コーナーのベンチに座っている。それにしても周りはカップルだらけだというのに、その中で一人で座っているのはとても窮屈なものである。


眼下の一階にはたくさんの人が見えるが、その中に複数のクロい服を着た男がちらほら見える。こんなところで全身クロづくめの服装というのは目立ち過ぎであり、彼らの行動を不思議に思っていると、吹き抜けを挟んで向かいのエレベーターが開くのに気付いた。そして信じられないことにエレベーターが開くと同様のクロ服の男が続々と出てきたではないか!。それも一人や二人でない、10人以上はいるであろう。そしてこっちを睨みながら走ってきた。
この尋常ではない光景に反射的に危険を感じ取り、階段へと走った。下の階からもクロ服の男たちがやって来るのが見え、後ろからも男たちは追って来ている。逃げ場は上の階に行くしかない。しかしここは五階、つまり上の階は六階であり最上階である。最上階ということは逃げ場を完全に失うということを意味するが、それに気付いたのは既に追い詰められたときであった。クロ服の男に取り囲まれ、背後には手摺りを挟んで地上まで20mの吹き抜けがある。その時クロ服の男達の中から一人の老人が出てきた。
「プロフェッサー、なぜここにいるのですか?」
老人を目にしたとき思わず言ってしまった、なぜならこの老人は知っている人だからだ。
「さぁ、きてもらおうか、神宮寺君」
老人は言いながら歩み寄ってきたが、この状況は明らかに異常だ。教授の言葉に従わずにこの場から逃げたいがそれは不可能だ。
「止まってください、さもなければここから飛び降りますっ」
思わず言ってしまったが、自分でもどうしてそんなことを言ったのかはわからない、だが何故だろうか、例え落ちても大丈夫だろうと確信していた。
教授は立ち止まることもなく、
「よかろう、儂は不適合者には興味はない」
「死ぬなら死ね」
と笑みを浮かべながら言った。
その言葉に反応するかの如く、20mの高さから遥か下へとダイブしたのだった。その時の意思は自我とは無関係な、まるで肉食動物が獲物を捕食するような攻撃的で今までに感じたことのない意思であった。


一階へ着地、というより落下したとき身体がパキッという音がした気がしたのだが、案外何事もなかったのかのように体は動くことが出来た。とにかくここを出よう、そう思って出口まで走り、なんとかショッピングセンターから出ることができた。
外は雪が降ったのだろうか、一面が真っ白となっていた。ショッピングセンターの駐車場を抜け、郊外から中心地へと繋がる大通りに出た時だった。対向からジープがやってきたが、その車から男が身を乗り出していて何かを担いでいる。
「あれは…RPG!」
気付いた瞬間、ロケット弾が発射されこっちに飛んできた。しかし、それはすぐ横をすり抜け後方で爆発した。その車はすれ違ったものの、Uターンしてまた戻って来ようとするのが見える。奴らは教授の仲間かもしれない…ちょうど雪が積もっているため車の速度は遅い。大型トラックの荷台に飛び込むことができた。

なんとか難を逃れることができたのだろうか、荷台からそっと頭を出して辺りを見てみるが、クロ服の男達は追ってきてはいないようだ。その時、例のジープがなんとクロ服の男達と交戦しているのが目に入った。
「教授の仲間じゃなかったのか…でも奴らは何者なんだ…」
トラックはそのまま家がある郊外の方向へと向かった。クロ服の男達はジープに乗っていた何者かに足止めされていて追ってきてはいないようだ。今はとにかく家に帰りたい、こんなことありえなのだから。



プロフェッサーと出会ったのは九ヶ月前の二月、大学に入学試験を受けるために行った時だった。試験を終えて帰ろうとした時に構内で話しかけられ、他愛もない世間話をしただけだった。
しかし、別れ際の
「世界の未来が決まっているとしたら今の君の存在は何だろうか」
というプロフェッサーの言葉が印象的であった。